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茂木和哉の汚れ落とし人生 シーズン2

茂木 和哉

こんにちは!茂木和哉(@motegikazuya)です。

今回は、「汚れ落とし人生シーズン1」の続きをお話ししたいとお思います!

人生をかけて転職

入社した洗浄剤メーカーは札幌でした。

車に布団だけ積んで、秋田港から苫小牧行きのフェリーに乗り込み、冬の日本海の荒波に揺られながら札幌を目指した時の気持ちは、今でもたまに思い出します。

今思うと「30歳」って全然若いと思いますが、当時はチャレンジするには年齢的に遅いかもと思ってました。

まわりの友達の多くが、結婚して子供がいましたし。

「将来洗剤会社を作るぞ!」という強い気持ちがある一方で「俺の人生はこれが正解?」と不安になる気持ちもちょくちょく出てきました。

でも、不安な気持ちが出てきても、自分にはコレしかなく他にやれることがなかったので「前進する道しかない」と言う答えに行きつきした。

そういう意味でも洗剤のことだけやってきた事がいい方向に行ったのかもしれません。

前回、学校給食センターに台所洗剤を良く売ったと話ししましたが、転職先はその台所洗剤を作っていたメーカーでした。

そこから仕入れて秋田県内の給食センターに販売していたんです。

その会社は大きなメーカーではありませんでしたが、40年ほど歴史がある老舗洗剤メーカーです。

そこに「営業」として入社したのでした。

洗剤メーカーで「製造」を経験して感じたこと

でも経験したいのは製造です。

今思えば札幌での営業もいい経験になりましたが、経験しなければならないのは製造です。

入社して2か月ほど経った頃、社長に工場に入れてもらえないかと相談してみました。

平日は営業があるのでダメでしたが、土曜日ならばとOKをもらえました!

そして初めての工場にはいれた日、始めて自分以外の人間が、洗剤を作っている光景を目の当たりにしました。

とてもテンションが上がりました(笑)

もちろん、社外秘の配合処方も見ることができます。

でもそこにはそんな感激するようなことはありませんでした。

なぜかと言うと、あまり参考にならなかったからです。

その時、自分が秋田で独学やってきた洗剤作りが、自分で思っていた以上に高いレベルまで行っていたことに気づいたのでした。

「製造」を経験して得た財産

でもものすごく参考になった事もあります。

それは、40年間、絶えずバージョンアップし続けてきたであろう作業環境です。

作業場、作業手順、作業に使う道具、前日の仕込み蓄積させてきた効率の良い作業の仕方が作業場のあちらこちらにありました。

それを見れた経験は非常に大きかったです。

なにせ、40年間試行錯誤してきた最高の形をあっという間にマネできるわけですからね。

それと秋田より北の北海道に行ったことで良かったと実感した点があります。

それは原料のクセを知れたことです。

原料によっては、気温が10ぐらいでガチガチに凍るものもあります。

どんな原料が、どの程度の温度になると固まるのかを、どんな固まり方をするのかをざっくり知れました。

そして固まった原料をどうやって溶かすのか?

今日使うとしたら、いつからどんな形で溶かし始めると良いのか?

これは温かい地域に行ってしまっては経験できなかった点です。

その2つを見て経験もう十分でした。

洗剤を作れる自信も一気に高まりました。

そして、1年弱で地元秋田に戻って即起業したのでした。

地元秋田で起業

しかし、手元には50万しかありませんでした…

納品書と請求書を出すためのソフトとプリンタとパソコンを買って残りは半分…

そんな資金状況だったので、残念ながらすぐに洗剤を作ることはできませんでした。

と言うことで、先ずは自分で洗剤を作って売るのではなく、他メーカーの洗剤を仕入れて売ることを始めました。

なぜそうしたかと言うと、お客様と取引さえ出来てしまえば、いずれ今仕入れている洗剤より、同じかそれ以上に汚れ落ちの洗剤を作って、価格を少し安くして紹介すれば、簡単に切り変えてもらうことができると思ったからです。

なので資金に余裕がでてくるまでは、お客様をたくさん獲得しようと思い、毎日営業して回りました。

するとジワジワお客様が増え、洗剤もジワジワ売れていきました。

でも、一向に資金の余裕はでてきません。

それどころか、ジワジワきつくなってきました(笑)

それもそうなんです…

仕入販売なので薄利だし、現金で仕入れて掛売するわけですから…

そんな状況が続いてましたが、オリジナル洗剤の研究開発は進めていかなければいけないと思ってました。

研究開発をするには、洗剤の原料を仕入れなければいけません。

どうしようか考える前に、ド直球であのライオンに直接電話して相談してみることにしました。

相手にしてくれないと思ってダメもとで電話してみたのですが、そしたらなんと快く相談に乗っていただき、原料ディーラーを紹介してくれたのです!

よく実績もない見ず知らずの男に、業界大手のライオンが相手にしてくれたなぁと思いましたし、何か運命を感じた瞬間でした。

そして無事原料も入手できるようになったので、遅らばせながら洗剤開発&製造をスタートしました。

本格的に洗剤の開発を始める

作業場を用意できるほどの資金は当然なかったので、実家の台所で試作品つくりを始めました。

そして試作品が良ければ、農機具を置いている小屋で本格的に製造するという感じです。

はい、案の定家族に怒られました(笑)

そして家族からは頭がおかしくなったように見えていたのかもしれません。

だって実家に戻ってきたと思ったら化学薬品を混ぜてなんかやっているわけですかね。

ハッキリ言って怖いですよね、化学薬品以上に自分が(笑)

で、実家をでました。

そして1,000万円を借り入れして小さな作業場を作りました。

実は、そこで今この記事を書いています。

それまで3回会社所在地を変えてますが、最初のこの場所に今は戻ってきました。

とても思い出深く落ち着く場所です。

資金不足でも洗剤開発を続けれた理由

起業してからも引き続き、温泉施設や老人施設の清掃作業をやっていきました。

なぜかと言うと理由は2つありました。

1つ目は、利益率が良いからです。

使用する洗剤は、原料メーカーからもらった原料サンプルで試作したものを使うのでタダです。

それと清掃するのは自分1人なのでタダです。

かかる費用と言えば現場まで向かうガソリン代ぐらいなものです。

そして2つ目が、自分で試作した洗浄剤を実際に現場で使えるからです。

主に清掃作業は施設の休館日にやるので、誰もいないし好きなことができる環境です。

その環境を活かして、本物の汚れを使って他社品と比較したり、汚れ落ちをテストしながら、その場で洗剤を改良したりして洗剤の精度を高めていきました。

もちろん清掃作業の請負の営業だけでなく自分が開発した洗剤も売り込んでいきました。

最初に完成させた洗剤が油汚れ用の洗剤だったので、初めの頃はサンプルをもって飲食店に売り込みにいきました。

普通に洗剤を売り込んでも決まらないので、勝手口から入って厨房で実際の汚れをサンプルで落としながら実演販売をしました。

これが結構評判が良くイケました。

オーダーメイド洗剤でスキルアップ

それと他に当時やってたのが「オーダーメード洗剤」です。

お客様の掃除のお悩みを直接聞いて、そのお悩みを解決できるスペシャルな洗剤をそのお客様のためだけに作るのです。

例えば、これまで掃除の工程が「洗浄」してから「除菌」の2工程でしていたら、除菌剤配合洗浄剤を提案します。

洗剤を変えるだけで2工程だった作業が1工程で済むので掃除にかかるコストが大幅にカットできますよ。という感じでです。

他には、既製品の洗剤では泡の出方がイマイチで、作業効率が悪いと感じているお客様には、そこのお客様がベストだと思う泡の状態にした洗浄剤を作ってあげます。

この方法が大当たりでバンバン導入が決まっていきました。

オーダーメイド洗剤は、一件大変でとても面倒だと思われがちですが、洗剤開発者としデビューしたばかりの私にとってはオーダーメイド洗剤の開発は、開発スキルを上げるためには絶好の機会となっていきました。

なのでもし出来た試作品をお客様にダメ出しされたとしても、諦めることは絶対しません。

さらにスキルを上げるチャンスですから。

そんな諦めない姿勢は、お客様からみたら好感を持てたようでオーダーメイド洗剤はホント大好評でした。

職人魂に火がついた「水垢洗剤」

そしてオーダーメイド洗剤の中でも最高に燃えたのが、温泉浴場の水垢の洗浄剤です。

なぜ燃えたかと言うと、温泉の水垢が頑固だからです。

作った洗剤が落ちないと燃えてしまう性格なんです(笑)

落とせない水垢と出会ったら、源泉を確認しながら試作品を作りそしてデモ。

これを何度も何度も繰り返して洗剤の精度を高めていきます。

そしてまた別の温泉地に行って落とせない水垢と、また試作品作りとデモを繰り返しさらに手直ししていきます。

そしてもう直しようのないところまで行き詰めた洗浄剤は私の最高傑作となりました。

それが業務用洗剤で今でも販売している「青鬼」と言う洗浄剤です。

実はこの時の経験が後の「茂木和哉」誕生へとつながっていくことになります。

オーダーメイド洗剤を作れば作るほど、開発スキルは高まっていきましたが、さらに高めるために練習材料として、他社の売れてる洗剤をまねて作り、どのぐらい近いものが作れるかもこの頃やってました。

そして洗剤開発にもかなりの自信がついた頃、満を持してネット販売に乗り出したのでした。

ネット販売で大失敗

ネットで販売する商品は、オーダーメイド洗剤で特に評判が良かったものです。

モノは間違いありません。

なので売れないはずがないと思ってました。

ちゃんと商品名をつけ、キレイにラベルを作っていよいよネット販売開始です!

そしたらです…

これがまた全然売れないんです…

何で売れないのか?どうしたら売れるのか?

それを知りたくて、ネット通販の本を読み漁ったりネット通販セミナーにでたり、とにかく色々やりましたが、全然売れないんですよねー

そしてある日ふと売れない理由に気が付きました。

理由は簡単でした。

「業務用」だからです。

当時、業務用洗剤を使うようなお客様はネット上にあまりいませんでした。

リアル上に多くいるんです。

自分も直接営業して歩いて経験して来たことなので分かっていないといけないところですが、なぜかすっかり忘れてました。

それと、リアルで業務用洗剤を買ってもらう為には、直接お客様に会ってお悩みを聞くことろから始まり、そして何度も顔をだして信頼関係ができていかないと買っていただくところまでいかないことも経験していたはずなのに、見ず知らずの方へネットでいきなり販売しようとしてました。

売れない理由が分かったからには、もう業務用洗剤のネット販売には力をかけてはいられません。

そしてその瞬間、一般向け洗剤をネットで販売することに決めたのでした。

時期としては37歳ごろだったと思います。

シーズン3へつづく。

ABOUT ME
茂木和哉
茂木和哉
汚れ落とし研究家
1975年秋田県生まれ。20歳で温泉浴場清掃をバイトで経験。21歳で工業薬品や業務用洗剤の販売会社に就職。30歳で洗剤メーカーに転職し、1年後の秋田で独立。 独学で掃除と洗剤作りを学び、秋田からパソコン1つで情報発信を始め、自分の名前をつけた代表作「茂木和哉」を大ヒットさせる。現在ではシリーズ展開させ全国のお店に並ぶまでに。 汚れ落とし人生で得たノウハウを惜しみなく伝えるYouTubeチャンネル「茂木流掃除講座」は、チャンネル登録数30万を超える。
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